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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)604号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 広木重喜 外二名

被控訴人 朝日石油株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、被控訴会社が平和石油商会という商号をもつて石油類の販売業を営んでいた訴外松崎末男との間の昭和三〇年一月二四日附根抵当権設定契約に基いて、翌日二五日両名共同して福岡法務局深江出張所(現在同局二丈出張所)に対し同訴外人所有の被控訴人主張の建物について、債権元本極度額金五〇万円、無利息その他被控訴人主張の約定内容を有する根抵当権設定登記の申請をなし、同出張所は即日受附第一〇五号をもつてこれを受理したのにかかわらず同出張所登記官吏の過失によりその登記がなされないまま同日同受附番号をもつてその登記を経了した旨の登記済証を被控訴人に交付し、その翌日の二六日同出張所は被控訴人の申請により交付した前示建物の登記簿抄本にも、抵当権の登記事項として、順位番号一審、抵当権者株式会社福岡相互銀行、債権額金二五万円、同二番抵当権者被控訴人、債権元本極度額金五〇万円と記載されていた(成立に争のない甲第四号証の一によると、福岡相互銀行原審(第一、二回)及び当審証人福田栄一の証言、当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、被控訴人は石油製品の卸売業者であつて平和石油商会という商号をもつて石油類の小売業を営んでいた訴外松崎末男との間に、昭和二八年四月二〇日から石油類の取引を始めたが、昭和三〇年一月二四日右取引から生ずる同訴外人の被控訴人に対し負担する債務を担保するため、前認定のとおり本件建物について債権元本極度額五〇万円の根抵当権を設定してその登記も済んでいると思惟して取引を継続し、昭和三二年四月四日松崎末男が有限会社平和石油商会を設立してその代表取締役となつた後も、甲第六号証の覚書及び前示根抵当権の裏付があることによつて取引が続けられ、被控訴人が右有限会社との間に石油類などの取引を新たに開始するとか、松崎末男との取引を変更してこれを同有限会社に移すなどの契約はなんらなされたことはなく、松崎末男が昭和三四年二月頃事業に失敗して逃亡するに及んで同人との取引は取止めとなつた結果、同人の被控訴人に対する債務は昭和三四年三月末現在において金三、一二一、三一九円であつて、おそくとも、同年四月一〇日までには弁済期到来しているものであることが認められる。もつとも当事者弁論の全趣旨と成立に争のない甲第五号証の一ないし九、第一六号証、乙第四号証の一、二、第五号証の一ないし八、第六号証の一ないし一〇によれば、(一)被控訴人が前示有限会社振出名義の約束手形を受取人ないし被裏書人として受け取り所持していること、(二)右有限会社の成立以来昭和三三年三月末日まで松崎末男は同会社から給与月額三五、〇〇〇円を受領し、右期間松崎末男個人としての申告課税の実績がないこと、(三)糸田郵便局を電話加入原簿所管庁とする松崎末男の権利に属する電話加入権が昭和三三年一月電話帳の人名別掲載名義欄は債権元本極度額二五万円の根抵当権者であることが明らかであるから、同銀行に関する部分にも誤りがある)のであるが、被控訴人を根抵当権者とする前示登記申請書に対応する根抵当権設定登記は、ついに登記されず、同建物につき順位番号二番の根抵当権者を前示福岡相互銀行として、昭和三三年四月一五日同出張所の受附にかかる同銀行のため債権元本極度額五〇万円の根抵当権順位番号三番の根抵当権者を同銀行として同年八月二六日同出張所受付にかかる同銀行のため債権元本極度額三〇万円の根抵当権その後の昭和三五年二月二三日同出張所受附の順位番号四番の抵当権者を訴外溝口俊助として、同人のための債権額一八〇万円の抵当権の各登記がなされていることは、当事者間に争がない。

したがつて、被控訴人は前記根抵当権設定登記申請書に対応する登記がなされたとすれば、本件建物につき第二順位の根抵当権をもつて、前認定の順位番号二番以下の根抵当権者ないし抵当権者に対抗しうるのに、登記官吏の職務上の過失によりその登記がなされなかつたために、順位番号二番以下の根抵当権者ないし抵当権者その他の第三者に対し自己の根抵当権をもつて対抗し得ないことになつたことが明らかであり、右は国の公権力の行使に当る公務員である登記官吏がその職務を行うについて、過失により、被控訴人の根抵当権を侵害した不法行為であるから、これがため被控訴人に損害が生じたとすれば、控訴人国は国家賠償法第一条第一項第四条により被控訴人に対し、その損害を賠償する義務があるといわなければならない。

二、よつて損害の有無ないしその額について考察する。

成立に争のない甲第一五号証、原審証人上岡博光の第二回証言により成立を認める甲第六号証並びに同証人の原審第一、二回証言に平和石油商会(有限)として掲載されたことの各事実が認められるけれども、前に認定した事実及び同事実の認定に供した証拠によると、右(一)の事実を援いて被控訴人が前記有限会社と取引をなしたと見るのは早計皮相の観察で、むしろ同有限会社に松崎末男の個人商店を有限会社に改組した、いわば同人の個人会社であるために、同人が同会社を代表して同会社名義をもつて約束手形を振り出し受取人たる被控訴人に交付しあるいは受取人たる原田石油有限会社に交付し同会社において被控訴人に裏書譲渡したもので、松崎末男の被控訴人に対する取引上の債務の担保をなすものと見るのが相当であり、成立に争のない甲第四号証の一、二、第一二、一三号証によれば、有限会社平和石油商会の設立後においても、福岡相互銀行は、昭和三三年四月一四日及び同年八月二五日の二回にわたり、松崎末男と継続的融資取引契約をなしているのであつて、この事実はますます前示認定を強めるものというべく、右(二)の事実は課税対策として業界に往々見る周知の事実であつて、これをもつて本件取引が有限会社平和石油商会と被控訴人との間になされたものとみることはできず、いわんや(三)の事実(甲第一六号証)も業界往々見るところであつて、これをもつて、先に認定した事実を動かすことはできない。

先に認定した事実及び成立に争のない甲第四号証の一、第七号証、第一四号証、原審証人溝口俊助の証言、原審証人上岡博光の証言を合わせ考えると、本件建物は松崎末男が前記福岡相互銀行のため昭和二九年七月二一日設定契約により同日同銀行を根抵当権者とする債権元本極度額二五万円、利息は根抵当権者の定める利率、方法により支払う、遅延損害金は一〇〇円につき一日五銭との根抵当権が登記されているけれども、同根抵当権の基本契約はおそくとも昭和三四年五月二〇日前に解約その他の事由により終了し、かつ右根抵当権によつて担保される債権は存在しないこと、本件建物の前記日時頃における価額は金一八七万円であることが認められるので、当時の福岡法務局深江出張所登記官吏の不法行為がなく、順位番号二番の根抵当権者として登記されていたとすれば、被控訴人は実質上第一順位の根抵当権者として、またかりに、福岡相互銀行の根抵当権の被担保債権が存在するとしても、第三者に対抗しうる実質上の第二順位の根抵当権者としていずれにしても本件建物の競売代金から極度額五〇万円全額及びこれに対する年五分の割合による最後の二年分の金員に相当する金員計五五万円の交付を受け得べきものであるとともに(松崎末男は昭和三五年一二月二〇日頃以来本件建物以外に財産を有しないばかりでなく)被控訴人が未登記抵当権者として本件建物の競売を申し立て、若しくは前認定の他の抵当権者ないし債務名義を有する第三者が同建物に対し競売を申し立てるにしても、被控訴人に優先して配当を受くべき各抵当権者の債権元本だけで金二六〇万円(溝口証人の証言中前認定の順位番号三番の根抵当権者福岡相互銀行が同根抵当権の被担保債権三〇万円中八万円は免除したので存在せず、同根抵当権の被担保債権元本は二二万円である旨の部分は、甲第七号証と対照し信用しない。)に達するので、要するに、被控訴人の本件損害は金五〇万円を下らないものと認めなければならない。けだし、抵当権はその登記を備えて、抵当不動産の交換価値を把握し、後順位抵当権者その他一般債権者に優先する力を有するので、この力が他人の不法行為により阻害され把握すべかりし価値が減滅するにいたつたときは、競売の結果をまつまでもなく、損害を被つたものと解するのが相当である。されば乙第一号証ないし第三号証、甲第一〇号第一一号証は前の認定と相まつて以上の認定の妨げとなるものではなく、その他に以上の認定を動かすべき確証はない。

三、右に見たとおり控訴人は被控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることの記録上明かな昭和三五年四月一九月以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、これが支払を求める被控訴人の請求を認容した原判決は相当で控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 平田勝雅)

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